MUSIC CAFE UZU

UZUの歴史

「さあ、集まっている放浪している人々よ、まわりの水かさが増しているのが分かるだろう。
もうすぐ骨までずぶ濡れになってしまうよ。
自分の時間が貴重だと言うなら石のように沈む前に泳ぎ始めるんだね。
時代は変わりつつあるんだから。
ラインが引かれコ-スが決められ遅いものが後で早くなる今が後で過去になるように、秩序は急速にきえようとしている。
先頭の人が後でビリになるように時代はどんどん変わっていく闇が迫ってきている。
俺は一日中ここにいた。眠るのには暑すぎる。
時間はどんどん過ぎていく自分の魂が鋼になってしまうようだ。
太陽も癒せなかった傷がまだ残っている。
どこでもいいのにその場所さえない。
まだ暗くないけど、じきにそうなるル-シャス今更文句言わないで...」

と今から三十年前ボブディランが歌っている。
UZUも今年で三十五年を向えようとしています。
三十数年前、福生は横田基地のアメリカ人が住んでいたハウスがいっぱい残っていた。
そのハウスにミュ-ジシャン、画家、彫刻家や俳優などを目指す個性的な若者が住み始めたころでした。
今ではプロになったア-ティストも大勢います。
UZUも改装する時は、そんなア-ティストの人達に手伝っていただきました。
そしてUZUの前は、一面畑でした。春には、梅が咲きとても開放的だった。
オ-プンして一年位たった頃ベトナム戦争が終わりUZUに毎晩のように通ってくれた兵隊達はその兵役が終わる日、ステ-ジに上がり軍服をステ-ジから客席に投げ「俺は後五時間で自由だ。もう銃は手にしなくて良い俺は自由だ!」と叫んだあと皆にドロドロになるまで踏ませ前の空き地の十字に組まれた木に軍服を着せてガソリンをかけ火をつけた。
真赤に燃え上がる火を見上げ戦死した戦友の名前を叫びベトナムの人々に詫びながら涙を流し、「もう二度と・・・・」と言いながら走り出した。
その光景を見て戦争を知らない私達は衝撃を受けた事を今でもハッキリ覚えています。
翌日、彼らは、軍が用意した飛行機には乗らないで羽田からアメリカに帰っていった。
私達は、羽田から旅立つ彼らを見送りに行った。

それから五年後位にTHE STREET SLIDERSとの出会いがあり、その後三年間彼らはUZUに通ってくれた。
後に彼らは、ソニ-からデビューした。
そして、ZIGGYやJUN SKY WALKER(S)を始め、UZUのステージを経て、続々とデビューしていった。
世の中バンドブームだったと思います。
最近は、古い友人がUZUのホ-ムページ見つけて懐かしくてメールくれました。
三十数年前、アメリカ人の後に私たちが住んでいた懐かしい米軍ハウスも今は福生からだんだん消えてなくなり、新しい一戸建ての住宅が立ち並んでいます。
お久しぶりの皆様、UZUはまだ健在です。
懐かしい人、お世話になった方々、一度はUZUのステージに立ったミュージシャンの皆様、永い永いお付き合いのあなた。是非一度、元気なお顔を見せてください。
何かメッセージがあればホームページのCONTACTからどうぞ。

いくつの道を歩いたら、一人前の男と認められるのか
白い鳩は、いくつの海を越えたら、砂の上で眠れるのかどれだけの砲弾の雨が降ったら
武器は永遠に禁止されるのか
友よ答えは、風の中に舞っている。答えは、風の中に舞っている。
幾歳月、山は在り続けるか、海に洗い流される前に。
幾歳月、人々は存在し続けるか、自由を許されるまでに。
何度、人は顔をそむけ、見ぬふりをし続けられるか。
友よ答えは、風の中に舞っている。答えは、風の中に舞っている。

UZU永里子